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姫路城へ行ってきました
2025.04.04

システム部渡辺です。先週 3/30、日曜日に姫路城観光してきました。
関東はもう桜が咲いていましたが、関西はまだちょっと早かったみたいで、ちょい咲きといった感じでした。たぶん今現在らへん、4/5 あたりが関西での見頃な週末になるでしょう。
桜シーズンにかかった日曜日だったのもあり、インバウンド観光客がものすごかったです。天守閣内は満員電車レベルの人混みでした。大人気大盛況なのはよいけど、天守閣内に入るなら長期戦の覚悟をしたほうがよさそうです。
雲がきれいな形をしてた日で何枚も写真を撮ってしまいました。


世界遺産 & 国宝、姫路城!
- 現存天守、現代まで残る城として最大の天守
- 「白鷺城 しらさぎじょう」は別名。白さが美しいです。城内の説明に「はくろじょう」という読みも書いているとこがあったような記憶。
姫路城の歴史をざっくり
砦の時代 (15世紀後半〜戦国初期)
- 昔から砦として存在した。城の名前は「地名 + 城」で姫山城
戦国時代の姫路城 (まだ白くない)
- 黒田官兵衛の居城時代に勘兵衛が羽柴秀吉に仕官、織田方の城になる。
- 秀吉(羽柴) が1577年から中国攻めの本拠に。豊臣方の城に
姫路城が白く装飾される
- 関ヶ原 1600年ごろに池田輝政 (徳川側) の城に。白く改装される。妻は督姫 (家康の娘)
千姫エピソード
- 1603年に豊臣秀頼と千姫(家康の孫、当時7才) 政略結婚。秀頼のここは大阪城の話
- 1615年の大坂夏の陣で大阪城落城、千姫脱出
- 1616年に本多忠刻と再婚 (恋愛結婚だったと言われている)
姫路城安定期へ
- 1617年 本多忠刻が姫路城城主に。千姫との時代
明治〜世界大戦でもカタチを守った
- 1873年 – 藩の象徴である城の破壊令「全国城郭存廃令」で一部取り壊し対象になるが、破壊費用節約として民間に売却 (神戸清一郎が入札。当時の 23円50銭、今の100万円前後?)。民間の手で守られた。
- 1874年 – 陸軍省が接収・駐屯地化(歩兵第10連隊)。当初、天守は保存対象で、軍用には供されなかった。
- 1945年3月 – 大天守最上階に機関銃が持ち込まれ、軍事的に使用されていた記録がある。
- 1945年6月22日 – 姫路大空襲で市街地は壊滅したが、天守は奇跡的に焼失を免れた。
1951年に国宝認定
1993年にユネスコの世界文化遺産に登録
2009 – 2015年の平成の大修理で真っ白に。「しろすぎ」と親しまれる。

